この映画を観て、言葉にしようとすると、どこか取りこぼしてしまう感覚が残った。
感動した、というのは確かなのだけれど、それを作品の感想としてしまうことにどこか抵抗がある。
理由はたぶん単純で、この作品が自分の記憶と近すぎるからだと思う。
団塚監督の幼少期、自分の息子と同じ保育の場にいた可能性がある。
そう考えた瞬間に、スクリーンの中の家族は、どこか具体的な輪郭を持ち始めてしまう。
物語として距離を保つことが、少し難しくなった。
この映画の中で描かれる人物のひとりは、ランドスケープデザイナーに関わる仕事をしている。
再開発で洗練されていく街の風景を再構築するというより、風景との関係を編み直すような仕事。
それは単に場所の形を整えるというより、人がそこにどう存在するか、そのあり方に「手を入れていく」ようにも思えた。
思い出すのは、26年前に離れた東京の空気だ。
バブル期の東京23区は、整っていたのか、乱れていたのか、いま振り返っても判然としない。
ただ、ひとつ言えるのは、あの街には「うかれたカオス」を、別の種類のカオスで覆い隠すような空気があったように思う。
秩序があるように見えながら、その実、別の過剰さで均されているようなあの独特の密度をもった街があった。

現在は地方に暮らしている。
一般には、田舎のほうが「人」を感じる場所だと言われる。
けれど、自分の実感は少し違っている。
むしろ、病を抱えながら東京で働いていたあの頃のほうが、人と人との間に流れる何か——うまく言葉にできない熱(パッション)や脈のようなもの——を強く感じていた気がする。
50の手習いで「地域資源マネジメント」という名の地域計画を学んだ。
人は「人の営みをどう配置するか」という問いに向き合えるのかと思った。
縮退していく地方において、それはしばしば合理的な解として提示される。
生活圏を集約し効率よく配置し直すこと。
いわゆるスマートシティやコンパクトシティの発想だ。
けれど、その計画的な「配置」とも取れる地域計画という考え方の中に、どこか拭いきれない違和感が残る。人の営みは、本当に再構築し「配置」できるものなのか。
あるいは、「配置」しようとした瞬間に、すでに何かが取りこぼされているのではないか。
この映画を観ていると、その取りこぼされてしまうはずのもの——
空気のようなもの、関係のにじみのようなもの——が、むしろ中心にあるように感じられた。
そしてそれは、かつて自分が東京で感じていたものとも、どこかで重なっている。
この映画に心を動かされた理由は、
作品の良し悪しとは別のところにある。
画面の中に、自分がかつて触れていた空気と、ほとんど同じ質感のものを見てしまったからではないか。
それは懐かしさとも少し違う。
むしろ、過去の時間が、現在の自分の内側でまだ処理されきっていないことを、静かに示されるような感覚に近い。
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